ジョルジョーネ、時の旅人
program
プログラム
「映像美術史」以外の曲目は予告なく変更される場合がございます。ご了承ください。
Venezianisches Gondellied
by Felix Mendelssohn
mica tanaca _piano & images
Concerto-Adagio
by Yoshihiko Banno
(after Alessandro Marcello)
Yoshihiko Banno_Clarinet
mica tanaca _piano
原曲はアレッサンドロ・マルチェッロ作曲のオーボエ協奏曲の二楽章「アダージョ」。この作品は弟のベネディッティ・マルチェッロの作品と誤って伝えられていた作品で1970年のイタリア映画「ヴェニスの愛」のクライマックスでオーボエ奏者の主人公により演奏され一躍有名になった。もっとも発表当時から非常に評価が高く大バッハもチェンバロ曲に編曲してる。本日はこのアダージョをもとにした「Concerto Adagio」を演奏します。[Y.Banno]
One day for Piano
by Yoshihiko Banno
mica tanaca _piano
ある一日の音楽」より
2.パストラル、6.夕暮れ(行進曲)、7.夜
コロナ禍の始まった頃、作曲したピアノのための作品集で全部で7曲から成る。ある一日を音楽で彩るための作品集。この頃、なぜかメロディの事をずっと考えていた。
今日はその中から「パストラル」「夕暮れ」「夜」の3曲を演奏します。[Y.Banno]
E-1027 < Music>
by Yoshihiko Banno
mica tanaca _piano
革新的なデザイナー、建築家のアイリーン・グレイの名前は歴史に埋もれつつあった。それはル・コルビュジエら周囲から、女性であるが故に受ける不当な扱い、敬意の欠如の積み重ねの結果であった。彼女がデザインした住宅、E.1027はル・コルビュジエの「近代建築の5原則」に敬意を払いつつも住宅は住むための機械ではなく、もっと個人や人にあわせたものであると訴え、デザインや家具の形で具体化した。彼女のデザインした住宅や家具は近年、ようやく正当な評価をうけることとなった。音楽も思考表現のための道具ではない。しかし、貴族や宗教の庇護にあったヨーロッパ音楽は、音楽家同士の技術の競争、自己顕示欲からその技術的側面を多いに尊重する運命にあった。つまりは形式と呼ぶ比較しやすい箱を用意し、その中で技術を競いあう意識のコロセウムにならざるを得なかったのだ。その危機を一番感じていたのも実は音楽家だった。近代、その競技場から離脱を試みようとするもののうまくはいかず、試行錯誤を繰り返し、現代においてようやくその糸口を見つけたように思う。しかしその突破口を開いたのは訓練を受けたヨーロッパクラッシックの音楽家ではなく、ストリートミュージシャンやヒップホップのトラックメイカーに代表されるポップアーティストだ。彼らの音楽は時代を切り取り、人に寄り添い、表現の歓び、幸せに奉仕している。つまりは芸術本来の目的を達成しているのだ。
話が横道にそれてしまった。音楽はE-1027で響く音楽を夢想し、あたかもその家の家具の一つになるべく努力した。グレイの闘いに敬意を表し、あらたに生まれる音楽がより人の歓びを生み出す事を祈りつつ彼女のデザインしたサイドテーブルにならい、E-1027<Music>とタイトルをつけた。曲は二つの部分からなり、第一部はその住宅から見える遠い海の色をイメージした牧歌的な音楽、切れ目なく演奏される第二部は限りなく謙虚に、限りなく控えめな響きの音楽である。[Y.Banno]
Jeux d 'eau
by Maurice Ravel
mica tanaca _piano & images
1901年に作曲された「水の戯れ」は、パリ・コンセルヴァトワールでの師でありガブリエル・フォーレに献呈されている。
楽譜には、アンリ・ド・レニエの詩「水の祭典」から引用して「水にくすぐられて微笑む河の神」をいうテキストが添えられている。
水の流れのしなやかさ、またその粒子が光の中で煌めく情景が目に浮かぶような浮遊感が美しい。この曲の「水」は河に由来するが、個人的にはラヴェルの「水」を聞くと、フランス留学中毎夏訪れた、彼の故郷の街サン・ジャン・ド・リュズの海の色を重い浮かべる。ラヴェルのとって水の揺らめきは、幼い頃から常に近くにあった原風景とも言えるのではないだろうか。[M.Tanaca]